Wednesday, September 10, 2008

Atul Dodiya


Atul Dodiya (アトゥール・ドディヤ)
1959年インドのムンバイの北のガートコパール生まれで、現在はムンバイを拠点に活動しているアーティスト。
Yokohama Triennale 2001のプロフィールによると、

インドの神話、政治家、社会的な現実、ポピュラー・カルチャーなど、多様な要素を取り込んだ絵画を制作しているアーティスト。

であるらしい。
続けてポストする Anju Dodiya (アンジュ・ドディヤ) は実生活上でのパートナーになる。

インドというと、仏教や牛、数学、カレーに、ビートルズやシタール、バックパッカーなど、それぞれの人がそれぞれのものを思い浮かべるだろう。吾輩の場合、そのリストの中に、何故かウンコも含まれている。何故なんだろう?牛の糞やカレーからの連想なのかもしれない。果たして他の人はどう考えているのだろう?こう疑問に感じた吾輩は、試みに、「インド ウンコ」 で検索してみた。勿論、初めての経験である。
すると、Yahoo!知恵袋に、

インドについて: 人間のウンコが道に沢山落ちていると聞きました、 本当ですか?

というヒドいトピが立っているのを皮切りに、

インド旅行のガイドブックにも載っているほど、有名な手口だ。 いつの間にか靴に牛のウンコをのせられ、気づいたところでタイミング良く現れた靴磨きに靴を掃除させると、ハイ1000Rs、などと法外な料金を要求される。

といった有益な情報や、

朝、爽快に海岸沿いを歩いていると、海岸でウンコをしている人々を 発見する。 波が ギリギリ来ない所で、ウンコをするもんだから、 ウンコが波で流れていかず、海岸線が、ウンコォ線になってる。

といった目撃談や、

マジレスするとインド人はうんこが黒いけど臭わないのが多い。

といった怪情報に、

テーマ:インド. インドはウンコとカレーでできてます。



知ってる人も多いと思うが、インド人は基本的に左手で拭くのだ。 そんでもって右手で 食べる。 なぜかと言うと、うんこしたあとそれを左手で拭きながら、うんこを右手で食べれるようにだ。 たぶん。 俺はそう考える。

といった文化論や、

そう、インドでは、ウンコであったとしてもそれは自分の一部なのである。よって自分のウンコが自分より下位のカーストの人のウンコと交じり合うのが、おじいさまは耐えられないと言うのである。 なんとインドのカースト制度は根深いものであろう。

といった社会/文化論まで、出るわ出るわで様々なインド・ウンコ情報を吾輩は得ることができたのである。

さて、ポストした作品であるが、2001年に制作されたもので、タイトルを "Woman from Kabul" という。
何かを手に抱え込んで向こうを向いてしゃがみ込んだ女性がウンコをしているところを描いたもので、女性の体は骨格が透けて見え、排泄されるウンコは何故か立方体の形をしている。
描かれたのが後ろを向いていること、排泄をしている場面であること、ウンコの形、どこからやってきたのか地名がタイトルに明記されていることは、たぶん、社会や制度、地域、差別などといった問題を寓意で表しているのだろう。悲しいかな、「インド ウンコ」 という、キーワード検索では、こういった問題に解答を与えてくれるような情報には行き着かないのである。まあ、当たり前だが。そして、インドについての知識に乏しいもので、それを読み解く術が吾輩にはないのである。

インドといえば、吾輩、直接インドと関わりがある様でない様な、ない様である様なとても面白い本を昔読んだことがあるのを思い出したのである。
堀田善衞の 『インドで考えたこと 』(岩波新書) と小熊英二の 『インド日記―牛とコンピュータの国から』 (新曜社) の二冊がそれである。吾輩は、この二冊から非常に感銘を受けたことだけは記憶しているが、はて、内容となると、トンと記憶に残っていない。吾輩もここら辺りで、感銘を受けた本の一節でも引用しながら含蓄のあることを述べてみたかったのだが、どうもそれも儘ならないほどボケてしまっている様で、特に何を述べるでもなく、この辺りでなげっぱにしたいと思うのである。

あ、そうそう、ウンコでもう一冊、最近積み上げた本の整理を少々している時に発掘した会田誠の『青春と変態』という小説のことを思い出したのであるが、あの文体にどうしても乗れず、内容サンプルとして帯に引用されている 「僕は頭の中で久保さんのスキーパンツをずり下ろし、あの真っ白な肌がピンと張りつめた見事なお尻をムキ出しにした。それからしゃがませて、あのサラサラタイプの陰毛の間から、臭い液体がシーッと高音をたてて飛び出る様を再現した。それに合わせてヒクヒク動く、可憐なピンクの肛門も。・・・・・・」 というエロい妄想シーンに行き着く前に挫折してしまったのである。まったくもって残念。吾輩は他人の書く文章にはとても厳しく、自分の文章のことは棚に上げることに何の躊躇もないのである。

Wikipedia
Walsh Gallery — Atul Dodiya, Inventory
Bose Pacia - Atul Dodiya - Selected Works
Atul Dodiya on artnet
Atul Dodiya
Atul Dodiya- Artwork - The Saatchi Gallery
Bodhi Buzz
04.1 Post Modern Visions

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